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高橋 克典(たかはし かつのり)
ぼくの仕事はライターです。
1953(昭和28)年3月、長野県南安曇郡穂高町に生まれる。
父親が歯科医だったので、長男として後を継ぐべく松本歯科大学に入学したものの、いざ入ってみると自分にまったく向いていないことを知る。それでもグズグズと六年間も在籍したのち、歯科大学を中退。
芥川賞なんかすぐ取れると思い込んでいたので、自分の才能とお袋の仕送りを頼りに上京。でも、東京暮らしがあんまり楽しくて、ちっとも小説が書けなくなってしまい、仕送りも打ち切られてどんどん貧乏になっていく。
生活費を得るため、生まれて初めて働くことを決意。二十六歳のときに藤原歌劇団というオペラ団体の文芸職員に月給十三万円で採用される。とても素直な性格だったことが幸いし、上司からは可愛がられ、同僚から大変親切にされ、組織内では将来を嘱望されていたのだが、足掛け三年ばかり勤めたときにやっぱり芥川賞のほうがいいような気がしてきて、退職。
無職といのも体裁が悪いので以後、フリーランスのライターを名乗ることとする。
文章がなかなか上手いうえに性格がいいものだから、けっこう仕事はあった。
インタビューでも旅取材でもゴーストライターでも、原稿料のことで文句を言うことなど少しもなく、締め切りの愚痴ひとつこぼすことなく、仕事を選ばず、ただ黙々と働いたので、貯金もできた。
しかし、結婚とほぼ同時期にバブルが崩壊。娘が生まれたころから生活力の低下が顕著となり、なにより、署名原稿でなければ書かないといったこだわりから、仕事を選びはじめたことが貧乏への大きな引き金となった。
ところが"高橋克典"という本名で原稿を書き始めたころから、同姓同名の若い俳優が人気となり、二番煎じだとかいろいろ言われながら、それでも何とか糊口をしのいで、現在に至る。
さてそれでは一体小説はどうなったのかというと、それはこれから書こうと思っているという、性格は良いが極端に集中力と生活力に欠ける、なんとも楽観的で穏健なペシミストである。 |
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